「B子、絶対に見逃しちゃダメだよ?」
不思議なことに、私はA子の言葉に操られるようにその瞬間をじっと待っていた。数分離れた隙に台無しになってしまったらどうしようと、ほんの十歩先にあるトイレに行くのを我慢してしまうほどに。
こたつの上に、A子からもらったプレゼントが置かれている。つやつやした黒くて四角いプラスチックケースの真ん中をくり抜いて、ゆるやかに盛り上がったカーブを描く乳白色の拡散キャップがはめ込まれた小さなLEDランプ。A子のところにも同じ――ただし、ケースが白い――ものがあるはずだ。
充電コネクタさえ見つけにくいシンプルすぎるデザインなのは、私よりもA子自身の好みで選んだからだろう。それ自体は構わないのだけど、スイッチさえ見つからないのはもはや設計ミスと言ったほうが正しいのかもしれない。今もほんのり黄色く光ったまま、消すことも明るさを調節することもできずにいた。
A子が帰ってから一時間ほど経った。普段なら、みかんの入ったバスケットと大袋入りのクッキー、書きかけのレポート……いろいろとごちゃごちゃしているはずだけど、今はこのLEDランプだけがテーブルを占領している。A子が美味しいからと勧めてきたオレンジティーの残りも、冷蔵庫にしまっておいた。
「……あ、光った」
すると、唐突にその瞬間が訪れた。高輝度のフルカラーLEDが、半透明のカバーを通して綺麗な青色に三回点滅する。A子からメッセージが来た合図だ。さっきARグラスにインストールしたアプリを経由して、ランプを制御しているらしい。テーブルに手をかざすと、ARウィンドウからトーク履歴が飛び出した。
B子、ちゃんと光ってる?
うん。 が3つだよね?
通知が来てない間はどう?
なんか黄色?オレンジ?に光ってるけど、あんまり明るくない かも
A子とのやり取りが続くたびに、ランプが青く点滅する。せっかくのフルカラーLEDなのに、青色しか使えないのは寂しいなと思ってA子に理由を聞いてみたら、「クリスマスのイルミネーションっぽいから」と言っていた。クリスマスカラーなら赤と緑だと思うけど、確かに街で見るのは青い光かもしれない。
A子のランプも光ってるの?
こっちも が3つだよ
「そっか。A子も、私と同じ光を見てるんだ……」
ふと、部屋の電気を消してみる。
暗闇の中で、メッセージアプリとLEDだけが浮き出るように明るく光っている。通知に合わせて点滅するLEDは、駅前で見るイルミネーションと比べれば暗くて寂しい光だけど、A子と分かち合ってると思うだけでなんだか温かい気持ちになる。
通知に合わせて光るのって面白いね
光らなくても、ARグラスなら通知が来たってすぐ分かるのに
グラスを外してるときも通知が見えて便利
B子のメッセいつでも読みたい かも
トーク画面を閉じると、ランプだけが何度も明滅して、まるで目の前でA子が話しているみたいでドキドキする。どんなことを話しているのか、どんな気持ちなのか、どんな格好なのか……それは分からないけど、私とのおしゃべりを楽しんでくれていたらいいな、と思う。
ランプに顔を近づけて、白いキャップをそっと撫でる。A子のおしゃべりを見ているうちに、だんだんと黄色い光が強くなってきていた。それも、ただ明るくなるだけではなく、脈打つように揺らめきながらその輝きを増している。まるで、蝶がさなぎを捨てて飛び立つかのように。
この光はA子の分身か、あるいは私の分身か。
「B子のメッセいつでも読みたい、かも……だって」
例えば、私がA子に感じているドキドキが黄色い光に変わっているとしたら。この光を見ているA子に私の鼓動が伝わってしまうとしたら。
今日は不思議な日だ。また光が強くなる。いつも一緒にいるはずなのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう――
「……あ、トイレに行きたいんだった」
――A子とのおしゃべりに夢中になっているうちに、すっかり尿意が限界を迎えていた。A子へのドキドキではなく、尊厳のピンチに対するシグナルだったらしい。
窮地を脱してトイレから戻ると、なぜかテーブルの上のランプが今日一番の明るさで赤い光を放っていた。部屋の雰囲気ががらりと変わって、まるでARグラスがクラッシュしたときみたいだ。しばらく眺めてみるけれど、LEDはずっと赤く光ったまま。流石に故障だろうと思って、写真と一緒にメッセージを送ってみたけどなかなか返ってこない。
明日、A子の家行っていい?
ランプが赤 のまま消えなくなっちゃった。修理して
あれ?寝落ちた?
赤い部屋って、静かに座っているだけでもなんだか不安な気持ちになる。再び部屋の電気を点けてランプを眺めていると、しばらくしてA子からそっけないメッセージが返ってきた。
故障だと思う
でもごめん
明日、部屋の掃除しなきゃいけないから無理かも
そっか。頑張って
A子ってば、どうしちゃったんだろう。そう思いながらふとテーブルに目をやると、壊れたランプが少し遅れて青い点滅を放っていた。